安西水丸の思い出

安西水丸に出合ったのは、1975年ガロの5月号で、「裏庭」は暗唱するほど繰り返し読みました。

西風が強く吹いた次の日の朝、僕は海ほうずきを探して浜辺を歩いた。海ほうずきを取ってきたらひな祭りに連れてってくれると姉が約束したのです。けれど姉は約束を破った。忘れたふりをしても僕はだまされない。四月は先生も友達も変わってしまうので嫌です。悪い子はぶちますよ。隣の席は元治、はなをグズグズするくせがあって好きになれません。きっかけは些細なことだったのです。机の境界線。おい、鉛筆が俺のほうに来てるぞ! ポイ パキッ 決斗には立会人を一人ずつつけます。逃げるなよ。そっちこそ。始まるやいなや元治はすごい勢いでのしかかってきた。僕はたじたじです。しばらく耳の引っ張り合いが続いた。苦し紛れにランドセルから引っ張り出したアルミの弁当箱で元治をぶった。元治が鼻血を出したので僕の勝利となりました。これは僕の人生の唯一の勝利です。喧嘩は勝っても負けても哀しい気持ちになる。アルミの弁当箱は亡くなった父が買ってくれたもので、緑の丘の上の赤い屋根の教会の絵がついていて僕は気にいっていた。浜辺で弁当箱についた鼻血を洗っていたら海ほうづきが流れ着いていた。姉さんは明日東京に行ってしまう。のぼる、さよならよ。僕は振り向きません。振り向いたら負けてしまう。のぼる、姉さんにさよならをしなさい。母さんの声がした。ああ、ぼくは負けてしまいます。姉さん、これ。海法月。僕の別れは、みんな千倉駅。のぼる。海法月をありがとう、のぼるのほしがっていた日光写真を送ります。裏庭の桜ももう咲いたかしら。裏庭。

高野文子の「玄関」ですが、なぜあれが「玄関」なのか。この「裏庭」との関係だと思うんですが、この「裏庭」は何がいいのか分からない。分からないんですよ。でも、すごく好きです。40年たってもおおむね暗唱している。

一昨年に亡くなった安西水丸さんの作品集が出版されたそうで、アラシヤマ(呼び捨て)ハルキ(呼び捨て)とかが編集したそうなんですよ。早速アマゾンで買いましたが、さっき確認したら、小さい文庫本も一緒に買ってるんですよ。その本は、持ってるけど、ほんとに俺が買ったんだろうか? クリック一つで買ってしまうので、ついでに買ったんだろうか? いいけどね。