羽良多平吉にうろたえる

自転車で学校から家に帰るときに雑誌の自販機で見かけた羽良多平吉デザインの「HEAVEN」の創刊号の表紙を見たときの衝撃は、それから40年近く経った今日においても特別のことだったと思います。
迷って、結局買った自販機本の「HEAVEN」の創刊号には、チェスタトンの「木曜の男」が紹介されていました。それから「木曜の男」を読んで、続けて、チェスタトンのもっともポピュラーな小説であるブラウン神父シリーズも読みました。
なかでも「三日月荘の惨劇」

あれぽっちのことでこんなことが起こるはずはないんです。
そう言う警部に対してブラウン神父が言う。
そう言う前にあれっぽっちのことでなにが起こるのか考えてみたまえ。

人間は木から降りたサルだと言う。
サルが木から降りただけで、水爆を作ったり水爆を落としたりするなんて、考えられないんです。
そういう前に、サルが木から降りただけで、何が起こるのか、
考えたらよかったんですよ。
サルが木から降りただけで、何が起こるのか考えれば、水爆を作ったり水爆を落としたりの理由が分かる。現在世界で起こっている困難のすべての理由がわかる。
この困難を乗り越える唯一つの道は、サルが木から降りただけで、何が起こるのか考えることなんですよ。
今年は申年だから、さあいよいよそれについて考えようか。