金子光春 「かっこう」

しぐれた林の奥で
 かっこうがなく。

 うすやみのむかうで
 こだまがこたへる。

 すんなりした梢たちが
 しづかに霧のおりるのをきいてゐる。

 その霧が、しずくになって枝から
 しとしとと落ちるのを。

 霧煙りにつづいてゐる路で、
 僕は、あゆみを止めてきく。
 さびしいかっこうの声を。

 みぢんからできた水の幕をへだてた
 永遠のはてからきこえる
 単調なそのくり返しを。

 僕の短い生涯の
 ながい時間をふりかへる。
 うとうとしかった愛情と
 うらぎりの多かった時を。

 別れたこひびとたちも
 ばらばらになった友も
 みんな、この霧のなかに散って
 霧のはてのどこかにゐるのだろう。

 いまはもう、さがしようもない。
 はてからはてへ
 みつみつとこめる霧。
 とりかへせない淋しさだけが
 非常なはやさで流されてゐる。

 霧の大海のあっち、こっちで、
 よびかはす心と心のやうに、
 かっこうがないてゐる。
 かっこうがないてゐる。・・・・・